03001 屋敷

目次に戻る

 宍塚は、江戸時代の農村の街並みが残っていますが、さすがに茅葺の屋敷は姿を消しています。
 屋根は瓦葺に変わっていますが、瓦葺にしたときに屋根下げているお宅と、茅葺のうえに、瓦葺の屋根をかぶせているお宅とあるようで、かなり、屋根の傾斜が急なお宅も見受けられます。
 江戸時代には、軒高に制限があり、農家では軒高の高い家は建てられなかったそうで、軒高の高い家は明治以降に建てられたものだそうです。
 土蔵も大きな梁が目立ちます。土蔵の扉はケヤキが一般的で、燃えにくいのだそうです。外見からはわかりにくいのですが、平地では見られない木蔵(板蔵)が残っているお宅もあります。
 般若寺の本堂について、筑波大学の先生と拝見したところ、先生からは、書院造で、構造や欄間などからみて、寺院として建てられたものではなく、柱の太さからすると相当の豪農の建物であったと思われるとのことでした。
 般若寺の本堂については、助六一揆で有名な下佐谷の庄屋の屋敷を移築したとの伝承がありますが、この話を裏付けるようです。

※ お屋敷を拝見するときには、人がお住みの民家ですので、道を通りながら、外からそっと眺める程度にしましょう。

目次に戻る

コメント

このブログの人気の投稿

090 参考文献など

03003 屋敷林など

022 宍塚古墳群